戊辰戦争 仙台藩参戦 その5

戊辰戦争 仙台藩参戦 その5

 
会津藩降伏についてどのような経過があったのかまとめてみると4月の時点では主だった物は下記の如くと思われます。
1868年 4月
       25日  総督府会津降伏なら寛容すると仙台米沢両藩に通達
       27日  世良、会津と仙台が降伏条件話し合いのを連絡受ける
       28日  長州藩士大山を新庄に遣わす
       29日  会津藩と恭順の話し合いが七ヶ宿で開始
1868年は変則年で4月と閏4月がありました。かなり早い時点から裏工作は進んでいたようです。本格的になったのが4月下旬の七ヶ宿会談からでしょう。七ヶ宿が選ばれたのは会津藩士などを仙台藩の中心部から少しとうざけたところが政府軍から誤解を受けないようにとの配慮と思われます。
また東北の2雄藩(仙台藩と米沢藩)が立ち会っています。

七ヶ宿 宮城県

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